将棋には「おやつタイム」があります。
勝負の真っ最中におやつ? と意外でしょうが、タイトル戦は朝から夜中まで戦うので、頭に栄養を届けるためにもおやつがいるのです。
そこで羽生さん、大事なタイトル戦でおやつに何を頼んだか。チョコレート? クッキー? いいえ違います。なんと「バニラアイスクリーム」を注文したのです。
これはそうとう危険なオーダー。なぜかというと、お腹をこわすかもしれないから。将棋では、それぞれ持ち時間が決まっています。例えば羽生さん9時間、相手も9時間。勝負が進むにつれ、持ち時間に差がついてきます。わざと早く指して相手にプレッシャーを与える「時間攻め」なんて言葉もあるくらいです。
アイスでゲリになってトイレから出られなくなったら、どんどん時間がなくなります。下手したらトイレでお尻を押さえながら投了です。悔やんでも悔やみきれません。ですからアイスを頼むというのは、かなり危険なのです。
しかし羽生さんは、「私のおなかは鋼鉄」と、堂々とアイスをオーダー。対戦相手の深浦さんは「なんて余裕なんだ」とがっかりしたでしょう。
でもなぜ、ゲリというリスクを抱えながらアイスを頼むのでしょう?
それはその時、アイスを食べたかったから。羽生さんは変ながまんをせず、いつも自然体なのです。
この後、事件が起こります。なんと羽生さん、皿におかれたアイスを食べずにそのまま放置! この様子をみた深浦さんは気になってしょうがない。「羽生さん、アイスとけてるとけてる!」。
でも将棋界の王様、羽生さんに対してツッコめる人なんていません。バニラアイスはどんどん溶けていき、ついにバニラジュースになりました。
深浦さんは安心したでしょう。「なんだ、羽生さんもやっぱりお腹のことを気にして、アイス食べないんだ。ビビってんじゃん」と。しかしその瞬間、羽生さんはおもむろに皿を持ち上げ、皿に広がったバニラジュースをゴクゴク飲みほしたのです。
それはまるで、巨人がおもむろに人間をつまみ、のみこんでしまうように。深浦さんはこの「バニラジュース飲み」を見て、負けを悟ったそうです。
最後に大事なことがあります。それはなぜ、羽生さんのアイスはとけてしまったのか?
それは「集中しすぎて頼んだアイスを忘れてしまったから」。周りが気にならないほど深く集中できるから、羽生さんは強いのです。